11月6日に立教大で発表します

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(正式なものは以下のPDFをご参照ください)
60周年記念シンポチラシ(最終版、DL用、マップ付き).pdf


11月6日(日)に立教大でシンポジウムがあり、発表することになりました。
この日と前日の講演会の詳しい日程、内容は上記のPDFをごらんください。

全体のテーマは「還流/貫流する日本文学ー十七世紀の文学圏―」というもので、十七世紀を対象とします。
「十七世紀」という西暦をわざわざ使っているところがポイントです。アジア史や世界史を踏まえているということになります。

私は「経済小説の始原としての『本朝二十不孝』『日本永代蔵』」ということで、西鶴の二作品を中心に、十七世紀の経済的状況と文学の問題について問題提起をします。発表要旨は、

近年、日本文学研究における国際的・学際的視点の重要性が認知され、様々な取り組みが行われるようになった。とは言え、他の人文科学(歴史学、言語学など)に比べればまだまだ不足の感がある。たとえば、学際研究における社会科学、とりわけ経済・経営学方面との相互関心、交流的研究についてほとんど話を聞かない。もっとも、この「経済」という言葉が文学にほとんど結び付いたことがないことからすれば(例えば「経済文学」「経済短歌」「経済演劇」などの語を聞いたことがない )、経済と文学がいささかならず遠い存在であったことは間違いないだろう。しかし、現代のあらゆる文明・文化が経済と密接な関係を持つようになった今、文学と経済がどう結びついて来たのか、あるいは現在どうあるのかは、看過できない問題のはずである。そこで恐らく唯一と言ってよい、経済と文学との経路を持つ「経済小説」に白羽の矢を立てて、経済と文学の学際的研究の可能性を探る。特に今回は、経済小説の始原と考えられる西鶴の作品の意味について考える。

ということになります。ただ、今発表の準備をしていて、十七世紀の問題というより、それ以後の時代(近現代)を含めての問題にまで膨らみそうです。そういう意味では今回のシンポジウムの最後ということは良かったかも知れません。

結局、「経済小説」というタームを使う以上、近現代の「経済小説」(大体は企業小説ですが)を踏まえて全体を整理しておかないと話が前に進まないからですが、当日も提示する図をちょっと紹介しておきます。

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私の考ですが、西鶴の町人物が「経済小説」の始原としますと、その後、現在の企業小説(たとえば『下町ロケット』等まで、三期に分けて考えることができます。その三期の在り方にも、むろん様々な問題がありますが、今回は、それをすっ飛ばしてと言うか脇において、西鶴と西鶴以前、つまり経済小説と経済小説以前の問題について触れてみたいと考えています。

前に、久良岐古典研究所に書いた問題提起がありますので、それを若干訂正しながら再録しておきたいと思います。私の「経済小説」を問題視する意識はこんなところにあります。

◇資本主義全盛時代の到来

もう四半世紀も前のことだけれど、アメリカの経済学者、フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』(渡部昇一訳、三笠書房、一九九二年)で、歴史が終わったという言い方で、社会主義・共産主義の衰退を説明したのを覚えて居られるだろうか。資本主義の後に共産主義が来ると言ったマルクス、その通りにはならなかった、もう歴史は資本主義で終ったのだと宣言したわけだ。本の中身はともかく、この言い方が大変ショッキングだったし、当時の世相とも上手くマッチしたために、フクヤマの言説は一挙に世界を駆け巡った。

これに対して、フランスのジャック・デリダを始めとするポストモダン派や日本のポストモダン派(ニューアカデミズム)からは多くのフクヤマ批判が出た。ポストモダンの代表であった浅田彰は『「歴史の終わり」を越えて』(筑摩書房、一九九九年)でそんな簡単に終わりはしないということ諄々と説いたわけだが、その後の歴史で、アメリカを中心に新自由主義(日本は小泉政権が代表的)が跋扈すると、フクヤマの言説は、ポストモダンの批判を潜り抜けたかに見える。しかし、みなさまもご承知の通り、この資本主義、どうも上手くいかない。昔は「神の見えざる手」(アダム・スミス『国富論』)といって、人間の経済活動は自然にバランスが取れるものだとか、近年は、トリクルダウン(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる)と言って、富の平準化、充満を予想した。

これを粉砕したのが、トマ・ピケティの『21世紀の資本』(山形浩主他訳、みすず書房、二〇一四年)である。ピケティの言ったこととは何か。資本主義は格差を生むだけで、皆が豊かになるというのは神話に過ぎないと。つまり、資本主義とは金持ちがより金持ちに、貧乏人はより貧乏になるシステムなのだと。ピケティの凄いのは、それを歴史的な資料から明らかにしてしまったことだ。

そうなると、現在の経済的格差が生んでいる貧困やそれによる紛争やテロリズムが将来どうなるかも予想がつく。見えざる手とは濡れ手に粟の手になり、トリクルダウンどころか一滴も落ちてこない。貧しい層の人たちは完全に干上がって暴発し、社会は根底から崩れる状態になるだろう。いま世界で起きている事件とは、その終わりの始まりなのだと。

ピケティを始めとする経済学者は、ではどうすればよいか、についてはあまり語っていない。結局、良く分からないのだろう。ダメな経済社会を抜け出す方法を経済から考えるのは、マクベス夫人がそうしたように(シェイクスピア『マクベス』)、血を血で洗うようなもので、答えが出る筈がない。

では、どうすべきか。

こうなったら定石通りに考えるしかない。道を間違ったと思ったらどうするか。答えは簡単である。間違ったと思しき地点まで勇気をもって戻ることである。これはオリエンテーリング(道探しのスポーツ)の鉄則である。経験した方は分かるだろう、オリエンテーリングで無理して道を探せば、必ず迷子になる。つまり、資本主義がスタートした地点にまで戻って、一体そこで何が起きていたのか、他に道はなかったのかを、あれこれと考えることである。

日本の場合、資本制(高度経済社会)がスタートしたのは江戸時代である。その江戸の初期に一体何があったのか。そこをじっくりと見直してみることが必要だ。資料としては、井原西鶴の経済小説や、石田梅岩、西川如見などの経済思想をつぶさに観察しつつ、それらが前代(中世)から何を受け継ぎ、何を受け継がなかったのかを考えることである。特に、この後者、何を受け継がなかったのか、これが極めて大事だと思うのである。

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