祝!『英草紙』の韓国語訳出版

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都賀庭鐘作の読本『英草紙』(はなぶさそうし)の韓国語訳が、韓国祟実大学の東アジア言語文化研究所の叢書の一冊として、出版されました。

副題には「日本の江戸時代に花開いた中国白話小説の世界」とあります。
韓国での『英草紙』初訳ということで記念すべき本となります。

翻訳者は、金永昊さん(東北学院大准教授)と丸井貴史さん(上智大博士課程修了、湘北短大非常勤講師)という若手研究者のコンビです。

若手らしい、色々なアイディアが工夫・駆使されていて、とても有意義で素敵な翻訳書になったと思います。

とくに、全体の、作者や作品、文学史の解説に加えて、各章の解説が詳しく面白い。ひょっとしたら、日本の『英草紙』の解説より詳しんじゃないかなと思うほどです。その点を精査したわけではないので分かりませんが、もしそうならば、こうした逆転現象、なかなか面白いことだと思います。

加えて注釈等もしっかりしていますね。それは当然で、お二人は、あの近世小説研究の巨匠・木越治さんの金沢大時代の教え子でもいらっしゃるからでしょう。

こうした、きちんとした翻訳書が韓国で出されることは、いま、日韓間の文学研究で殊のほか大事です。それは、韓国で日本の物語・小説が多く翻訳されていますが、問題のあるものが多いのです。そして、そうした問題のあるもの、誤訳の多いものが、流通すると思わぬトラブルが生まれたりします。

私もそのトラブルに巻き込まれたことがありますが、この点については、こちらも大変優れた翻訳の、鄭灐さんの『好色一代男』が、直近に韓国で出版されたというニュースが飛び込んで来ましたので、それを紹介するときに詳しく書こうかと思います。

それから、読本というチョイスも良いと思います。韓国の読者が、古典、しかも小説というと、中国小説の『三国志演義』『水滸伝』や、朝鮮小説の『洪吉童傳』(義賊の洪吉童が朝鮮半島狭しと活躍し、遂には半島を飛び出して南海の島の領主となる話)や『九雲夢』(楊少游という主人公が、八人の女性との恋愛を繰り広げながら、国家の中心に立って栄耀を極める話)というような物語性の強いもの、また『於于野談』『青邱野談』のような野談・奇談類を連想すると思います。

『英草紙』はその両面を持っていますので、抵抗感なく受け入れられる世界だと思います。
(なお、写真右側の本は、韓国江原大学の黄昭淵さんが2008年に翻訳された仮名草子の『御伽婢子』(浅井了意)です。こちらも良く出来た翻訳です。表紙の梅がちょうど今の時期と合いますね。)

ただ惜しむらくは、先に述べた本書の詳しさが、作品理解そのもの、または日本そのものに向けられていて、韓国の読者と『英草紙』との橋渡しをどうするかについて、もう一工夫あっても良かったかなと思うところです。たとえば、本書の最後に参考文献が載っていますが、これを見ると多くは日本の文献で、韓国の方には手に入れにくいものです。ここに韓国で出版された日本文学史に関するもの(けっこうあります)を挙げても良かったのではと思います。また、紙幅の問題もあろうかと思いますが、文学史や解説で、韓国の文学史家が日本の古典についても触れたものがたくさんありますので、そうしたものを少し取り上げながら、『英草紙』の位相を述べると、韓国文学研究者や読者にもより良く伝わるのではないかと思いました。たとえば、韓国で高い評価を受けている趙東一さんの『小説の社会史比較論』(2001年)には読本についても書かれています。

いずれにしても、良い本なので、私も韓国の知人に勧めてみたいと思います。

なお、蛇足かも知れませんが、今回の本書を通して、二つほど考えたことがありました。

一つは、こうした良い翻訳書がより広く深く読まれるために、東アジア全体の文学史の見取り図が欲しいと思ったことです。あまり分厚いものでなく、廉価で誰にでも買えるもので、いつでも手に取れるものが良いでしょうね。出来れば、英語、中国語、韓国語、日本語の各編があるといい。そうしたものを見ながら、翻訳書を手に取ると、自国の文学との距離を測ることができますので、より楽しめるかと思った次第です。

もう一つは、韓国の野談と日本の奇談・怪談との比較をやってみたいと思いました。今、立教大名誉教授の小峯和明さんと「朝鮮漢文の会」で『於于野談』を読んでいます。これがなかなか面白くて厄介です。朝鮮の異体字がとても変!(笑)。それはともかく、この野談と奇談の比較は日韓文学の比較をする上で重要な視点になると私も思います。日本を代表する韓国古典研究者の野崎充彦さんも、野談にこそ朝鮮文学の真の面白さがあると述べて居られましたし、またその奇談研究の先駆者である、忘却散人こと飯倉洋一さんも朝鮮野談に興味があるとどこかで述べて居られた記憶があります。

本翻訳書からは、そのようなことを考えさせてくれる良い機会をたくさん戴きました。ありがとうございました。



















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