誤訳にしても、これはあまりに・・・

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前の回で、鄭灐さんの新韓国語翻訳本『好色一代男』を紹介させていただきました。
その時に、鄭灐さんより前に、韓国で『好色一代男』が翻訳されたものがあることに触れました。
今回は、その問題の翻訳を少し取り上げてみます。

まず、その翻訳がどのようなものなのか、ちょっと紹介します。
全文はもちろん無理なので、またその必要もないでしょうから、作品冒頭、巻一の一「けした所が恋はじめ」の書き出しの所を取り上げます。

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原文では、

■原文


「けした所が恋はじめ」


桜もちるに歎き、月はかぎりありて、入佐山、爰に但馬の国、かねほる里の辺に、浮世の事を外になして、色道ふたつに、寝ても覚めても、夢介と、かえ名呼ばれて、名古屋三左、加賀の八などと、七つ紋の菱にくみして、身は酒にひたし、一条通、夜更けて戻り橋、或時は若衆出立、姿をかえて、墨染めの長袖、又は、立髪かつら、化物が通るとは、誠に是ぞかし。それも彦七が顔して、願くは咀ころされてもと、通へば、なほ見捨て難くて、其頃名高き中にも、かづらき、かほる、三夕、思ひ思ひに身請けして、嵯峨に引込、或は東山の片陰、又は藤の森、ひそかにすみなして、契りかさなりて、此うちの腹より、むまれて世之介と名によぶ、あらはに書しるす迄もなし。しる人はしるぞかし。

ふたりの寵愛、てうちてうち、髪振のあたまも定り、四つの年の霜月は、髪置はかま着の春も過て、疱瘡の神いのれば、跡なく・・・


となっています。

この翻訳が以下の通りです。


■翻訳(1998年版)


「暗がりから恋が始まった。。。」


 桜も散り、月も沈み、何故か虚しい。兵庫県の生野銀山。ここは「月の入るさやま(入佐山)」という歌で、すでに世間に広く知られている所でもある。ここの麓にゆめすけ(夢介、夢男)というゴロツキがいて、家の仕事を放っておいて、ただ女、男の隔てなく手当たり次第に欲心を満たすという噂の色情魔であった。

 京都に遊びに来た夢介は、その当時、噂の洒落人であった三左と、遊び人の集団であった加賀族たちと会って、その一員になった。その者たちの日々とは、何かにつけて格好をつけ、酒に酔い、通りを闊歩することが全てであった。

 ある日、夢介は酒に酔いながら六条三筋町の遊郭からの帰り道を歩いていた。宿に帰るには一条堀川の戻橋を通らなければならないのだが、ここは女の幽霊が出るという噂のある恐ろしい場所であった。その為に夢介の友人達は彼のことを心配した。しかし、天下の色情男の夢介は、しばし考えた後、むしろ顔に不敵な笑みを浮かべ、こう言った。「せっかくの機会だから、女の幽霊と一度関係を持つのも悪くはない。そこで若い男に変相して逢ってみることにしよう。ただ場所が場所だけに、本当に幽霊が現れるのか」と。最初の日を無事に通過した夢介は、まるで大森彦七のような泰然とした顔つきで「さあ早く太夫の幽霊にでも出て来い。一度噛みつかれてみたいものだ」と言った。そして夢介は一日とて休まずに遊郭へ通ったのであった。幽霊も舌を巻く天下の夢介。

 夢介は、その当時最高を誇る太夫たち、葛城、かほる、三夕の三名を全て遊郭から請け出した。そして嵯峨や東山の麓、或いは伏見の藤の森に隠しおき、こっそりと一人で独占した。この三人の美女と暮らした見事な御殿は説明するまでもあるまい。そうした中、一人の女性からついに息子が生まれた。彼がまさにこの本の主人公世の介である。

 下等な犬でも自分の血肉を分けた存在には愛を惜しまないように、夢介も息子の世の介だけは心から愛した。世の介は四歳になった年に、髪削ぎの礼式を行い、次の年の春には袴着の礼式を終えた。そしてついに六歳の年には将来出会う女性とその遍歴のために包茎手術まで立派に成し遂げた。

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いやはや何と言いましょうか、これは誤訳というより、もう創作と言った方が良いかも知れません。その数々の珍訳?に、まずは驚かされますが、圧巻は、世之介が六歳で包茎手術をしたことになっていることです(笑)。これは疱瘡を誤って理解したのでしょうか。それとも、そこから新たに妄想したものでしょうか。



この巻一の一以外も、疱瘡=包茎ほど酷いのは少ないのですが、大方このペースで誤訳が見られます。また、省略された部分も多いですね。この巻一の一も三分の一程度は訳出されていません。最後の跋文(水田西吟)に至っては、前半の「二柱のはじめ」から中間まで訳出されておらず、後半のみが訳されています。ちなみに「落月庵西吟」に注をつけて「宗因」とあります。翻訳者は、西鶴や江戸時代の文学史を、それほど知らずに訳出してしまったものと思われます。


しかし、何か特別な意図があって『一代男』を取り上げたのではなさそうです。最後に付けられた後記には、『一代男』に接して痛快な清涼感を感じたことと、その理由に自分たちの知らない遊廓文化が詳細に書かれているからだ、というようなことも書かれています。恐らく、『一代男』のアバンギャルドの側面をいささか強調し過ぎて、創作的な方向に行ってしまったのかも知れません。


ただ、原作から大きく離れて創作される作品はあるとしても、その場合はその旨をきちんと明示しなければなりませんが、この本には、題名が「好色一代男」とあって、作者は井原西鶴とし、翻訳者として著者の名前が書かれています。原作を知らない人が読んだら、『一代男』は当にそのような作品だと誤解すること間違いありません。


ちなみに、知り合いの韓国人学者に、この本のことを聞いてみましたら、知らないという方が多かったのですが、ネットで検索すると、この本はけっこう多く流通しているようです。


前のブログでも話をしましたが、十数年近く前、『一代男』と『九雲夢』との比較論を韓国の学会で発表した時に、会場に居られた方から、『一代男』のような低俗なものと『九雲夢』は比較できないというようなことを指摘されたことがありました。その時は『好色一代男』の「好色」が誤解されているのかとも思ったのですが、私がその発表をした時期は、この翻訳本が出た後ですので、ひょっとするとこの本を読まれてのことだったのではと、今にして思ったりもします。


いずれにしても、誤訳だらけのこの本を読むと、西鶴のみならず、韓国での日本文学の翻訳状況がどうなっているのか、一度点検する必要性を感じます。今回のものは西鶴の「好色物」ということもあるかも知れませんが、日本文学には恋愛や〈性〉に関わるものが多いですから。


また、そうした誤解が延いては日本文学や文化全体への偏見の下地を作っていないかどうかも気になります。


ただ、今回この本を取り上げたのは、本自体を批判することが目的でなく、こうした状況下、ようやくきちんとした『一代男』の翻訳が登場したということが言いたいためです。(よってこの1998年版の翻訳本の書誌については書きません)


前回のブログ冒頭で、鄭灐氏の翻訳『好色一代男』が出版されたことが慶事であると述べましたが、それは当にこうしたことによるのです。


なお、上に掲出した写真は、鄭灐さんの翻訳本に載せていただいた拙論です。



















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