雁皮郎うし、お見事!

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雁皮郎さんがBL『とりどり』を刊行されました。
新作を含めて7篇、『男色大鑑』を基にしたものが3篇あります。

雁皮郎さんは、KADOKAWAが『男色大鑑』をコミカライズした、武士編、歌舞伎若衆編、無惨編の三篇にすべて書かれていらして、今回はそれを再録しています。今回、改めて拝見して、原作からのストーリーの取り方、描き方、タッチ、どれをとっても美しいと感じました。見事だと思います。

あくまでも個人的な興味でしかありませんが、『男色大鑑』がコミカライズされると聞いて、別しての興味がありました。それは、40篇ある物語の中で、日頃、個人的に高く評価している短編を、どなたがコミカライズされるのか、でした。

その一つが「色に見籠むは山吹の盛り」で、雁皮郎さんが取り上げて下さいました。

この話、血気盛んな若侍の田川義左衛門が、寵童奥川主馬(しゅめ)に一目惚れして、その後をどこまでも追いかけてゆくという、或る種ストーカー気味のストーリーなのですが、その義左衛門の主馬を思う恋心が何とも切ないのです。普通、ここまでやらないだろうと思いますが、やってしまうのが恋なんですね。本文中にも「いかに恋なればとて、武士たる者の身の程をしらず、次第に憔悴とおとろへるは、又もなき因果なり」とあります。

ちなみに、この「いかに恋なればとて」というのは良い言葉ですね。ここには、恋なんだから、武士であろうと仕方ないじゃんという前提があります。初の勅撰集(天皇の命で編んだ集)『古今集』に恋の部立を備えた日本らしい発想です。中国や朝鮮では言わないでしょう。『水滸伝』に登場する花和尚こと魯智深(ろちしん)の大暴れに対して「侠気」(義侠心)だから仕方ないとは言うでしょうが…。(これは私個人の勝手な考えですが、日本の文化には恋が盛んだった時期が二つありまして、ひとつは平安時代の男女の恋、もう一つが中世末~近世初の寺院・武家・庶民における男性同士の恋と見ています)

いずれにしても、武士の切ない恋心が溢れる良い短編なのですが、この短編、実は日本の男色物語のメインストリームに位置します。大名の寵童と言えば、織田信長の森蘭丸・坊丸ですが、近世で最も人気があったのは、豊臣秀次の寵童、不破万作です。

『新著聞集』という本に次のような話があります。それは、伏見から京都に向かう馬上の万作に挨拶する立派な武士が居て、その挨拶がその日以後も何回も続くので、不思議に思った万作が従者に後をつけさせます。そうしたところ、挨拶の主は、西国大名の家臣で上京した折に万作を見染め、何と主家を離脱して浪人して侘び住まいをしていました。そして、秀次上洛の折に万作を一目見ることを唯一の生き甲斐としていることが分かります。それを知った万作はその武士を不憫に思い、あの瀬田の唐橋で密会し、本望を遂げた武士は湖水に投身するという話です。

この話は江戸時代初期から相当に有名だったことが分かってまして、西鶴も俳諧などで取り上げています。

この万作の話が寵童愛のメインだとすると、『男色大鑑』の中で「色に見籠む」はそのメインストリームに連なることが分かると思います。すなわち、この短編を選んできたということは、雁皮郎さんが、男色や衆道への相当な見識をお持ちであることが分かるということなのです。

それから、雁皮郎さんが取り上げた場面で、主馬が義左衛門を手討ちにするところがありますね。上の写真の下の部分です。これは『男色大鑑』の挿絵を踏まえてのことかと思います。以下がその挿絵です。

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この挿絵は『男色大鑑』中、私が最も気に入っている挿絵です(同じ西鶴研究者で『男色大鑑』を中心に優れた研究をされている畑中千晶さんも、同じご意見です)。その理由は、年下の若衆と年長の念者の逆転した関係を、この挿絵が良く表しているからです。その逆転性にこそ男色のコアがあることを、勉誠出版の『書物学』3号に「念者を持てかはゆがりて見たしー若衆のエロスとタナトス」という題で、かつて書きましたので、興味のある方はご覧くださればと存じます。


よって、これをコミカライズされたのは本当に嬉しかったですね。

ただ、ちょっと残念だったのは、挿絵の二人は視線を合わせていますね。雁皮郎さんの絵も出来ればそうして欲しかったと思いますが(畑中さんも同じご意見でした)、これはコミカライズ素人の勝手な見方かも知れません。

なお、今回のコミカライズでは表紙のカヴァーが素敵ですね。これだけ取り外して額に入れたい。ただ、雁皮郎さんの描く柔らかなタッチは、いっそ水彩画にしたら、より映えるのではないかと思いますがいかがでしょう。これも素人の考えですが。

なお、先に座談会を共にした大竹直子さんは、輪郭のはっきりした、まさに凛とした若衆を描かれますね。こちらは水彩画より、版画、特に木版画が合っているように思います。(ちなみに、大竹さんが『男色大鑑』中から選んできた二つの短編、「小山の関守」「傘持ても濡るゝ身」も西鶴学者が大鑑中高く評価する短編です。この点については、4月ごろに出る予定の新本『男色のコミカライズとアジアの〈性〉』(仮題)の座談会で触れています)

BLを描かれる作家の皆さんが、そうした水彩画や木版画、浮世絵等に挑戦されたら、このBLの世界、男色の世界が新しい芸術的な境地を獲得するとともに、さらにメジャーなものとして認知されるような気がしてなりません。





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