芭蕉はなぜ杜国を愛したのか

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かの俳聖松尾芭蕉とその弟子坪井杜国と言えば、麗しき師弟愛、ひょっとしたら危ない男色之道と、世評もとりどりの二人ですが、私もこの二人の関係については、ずっと興味をもっておりました。

諸書に指摘があるように、杜国が名古屋で富裕な米穀商であった時、空米売買(蔵に実物がないのに取引をすること)によってお上に御咎めをうけて、流刑になりました。芭蕉は、杜国を尋ねて流刑先の三河国保美まで尋ね、その後伊良湖まで行ったのはよく知られていることです。そしてその折、

鷹一つ見付てうれし伊良湖崎

と詠みました。この「鷹」は言うまでもなく、実景の鷹ではありますが、また杜国のことでもあります。流刑に遭ってまさしく尾羽うち枯らしているのではないかと思った愛弟子が、鷹のごとく雄々しく気丈で居てくれたことに芭蕉は本心から「うれし」いと思ったのです。

その後の貞享五年(元禄元年)、『笈の小文』の旅で芭蕉に同行した杜国は、万菊丸と稚児名を掲げて、伊勢・吉野等に師匠と遊びましたが、その二年後の元禄三年、三十四歳の若さで死去します。芭蕉は翌年の四月二十八日に「夢に杜国が事をいひ出して涕泣して覚む」と「嵯峨日記」に書き遺しています。

二人がどこまでの関係だったのかは、文献からはわかりません。かの唐土の孔子と子路の如き純粋な師弟愛だったのか、「俺に愛された男として名を残せ」と折口信夫に迫られたK・M氏のような関係だったのかは想像(妄想)するしかありません。

しかし、それにしても変ではありませんか。杜国は当時の認識で言えば罪人です。お上から死罪を申しつけられて罪一等を免じられ死ぬまで隠棲するしかなかった男です。芭蕉が愛したのは杜国の俳人としての才能でしょうか。それとも人となりの良さでしょうか。それとも美貌・・・。いずれにせよ、芭蕉も愛弟子を溺愛する一面があったのかと思わざるを得なくなります。

しかし、芭蕉が「鷹」とまで言い、夢に涕泣するほど杜国を思い続けた裏には、表面には表れて来ない、何か深い絆が二人にはあったとしか私には思えません。

そこで気になるのが、杜国が罪をうけた「空米」です。この「空米」とはいったい何でしょうか。

これを知るには江戸時代の米相場についての詳しい知識が必要となりますが、簡単に言えば先物取引なのです。先物ですから実物はまだありません。それを帳簿上に有るものと仮定して、取引を行うことです。これは一見すると怪しい取引に見えますが、実は大違いで、この帳簿上の取引を先行させることによって、米相場は抜群に安定し、多くの取引上のリスクを回避できるのです。現代でもリスクヘッジと称されて先物取引を中心に活用されている方法です。江戸時代には「空米」とも言いましたが、多くは「帳合米」と言いました。実物の米を取引するのは「正米」と言います。

詳しいことをお知りになりたい方は、宮本又郎氏の『近世日本の市場経済』(有斐閣、1988年)をご一読されると良いと思いますが、江戸時代の中盤から後半にかけて米相場が見事に安定したのは、この帳合米のお蔭だったということが、宮本氏を始めとする江戸時代の経済・経営を論じる諸書に指摘されています。

つまり杜国の行った「空米」とは江戸時代の経済にとって先進的な方法であり、かつ自分のみならず多くの商人にとって富の安定をもたらす画期的な技術・方法の一つだったということになります。

それを示すように、享保15年(1730)に幕府はそれまで禁止していた帳合米を公認しました。その理由は米相場の乱高下が幕府や諸藩の経済的基盤を崩し始めていたからです。それを安定させるために「空米」「帳合米」を認可したのです。そして実際にその効果があって、それから米相場は安定しました。

とすると、杜国は米商人としての先見性に富んでいた可能性が大いにあります。この「空米」こそが市場を安定させ、多くの商人に富をもたらし、米をつくる農民にも大いに益する、そう考えていたかも知れません。それに比べれば、幕府や諸藩こそが、その先見性の無さから米政策を見誤ったと言って良いのです。しかも自分の懐が危うくなってやっと認可するという体たらく・・・(いつの時代もお上のご都合主義は変わりませんね)。

杜国は、名古屋御薗町の町代まで務めたと言われますから、自分のみならず、多くの商人の利益を考える責任があったのでしょう。だからこそ、率先して「空米」に挑んで行ったのではないかと私は推測しています。そして、そうした理想を芭蕉にも話してたのではないか、そう考えるのです。ただ杜国の挑戦は早すぎたのかも知れません。

これらは私の推測(妄想)でしかありませんが、そうであって初めて芭蕉の「鷹」の句や「涕泣」の意味が解されると思うのです。

写真は最近買い求めた『絵本米恩録』(中川有恒、文化五年)。米にまつわる様々なエピソードがあって面白いです。

なお、以下に帳合米についての宮本氏の説明を引用しておきます。これだけだとちょっと分かりにくいかも知れませんが。。。

宮本又郎『近世日本の市場経済』有斐閣、1988年

・帳合米とは何か

「ある米問屋が将来の受容に備えて正米取引で米切手を購入し、買持したとする。この場合、買持期間中に米価が下落すると、問屋は損失を蒙る。買持する米の量が多くなれば、少しの米価の下落でも損害は大きい。そこで、この米問屋は米切手を購入した時に、同量の帳合米を売っておく。そして、将来この米問屋が買持中の米切手を他者に転売した時、同時に、さきに売っておいた帳合米を買い戻す。この場合、正米の価格が最初に米切手を購入したときよりも下落しておれば、この米問屋は米切手の現物取引では損失を受けるが、帳合米価格は正米価格と連動して動くはずだから、帳合米取引の方では、高く売って、安く買い戻したことになり、利得を得ることになり、結局、この問屋は米価格変動のリスクから解放されたことになるのである。これは売繋ぎと呼ばれるヘッジ取引の例である。」(二二二頁)










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