日本は地下水に浮かぶ船-環境と3月11日

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昨年の12月に〈環境文学〉の研究会に参加していることを書きました。その時は人の発表をあれこれと批評して終わったのですが、肝心の自分の話がすっかり抜けておりました。私染谷はこの〈環境文学〉にどのような関心を持っているのか。これについては、まぁ何と言いますか、色々ありまして、まだ定まってはおりません。ただ、その一つに「庭と環境」について考えてみたいと思っています。庭については2月8日にこのブログでも書きまして、そこでも環境との関係は若干匂っていますが、本格的に庭と環境の問題を考えたくなったのは、日本の庭について調べているうちに、地下水の問題に行き当たったからです。

日本(以外もそうですが)の庭は地下水と深い関係にあります。

日本最古の造園書である『作庭記』(橘俊綱、1028~94)に「嶋、池、大海、大河、沼様、滝、遣水、泉」など水に繋がる世界が多く書かれていることが象徴的ですが、日本の庭で最も重要なのは「水」です。

この庭をめぐる「水」はどこから引くのかと言えば川や沼ではありません。その多くは泉から湧く地下水です。

関東に住んでいると分かりにくいのですが、奈良や京都といった盆地では湧水が豊富です。周囲の山に染み込んだ雨水が地下水となって盆地で噴出するのです。それを利用して泉・泉殿・遣水・池・州浜などを作ります。この形式が完成したのは平安時代の寝殿造りですね。

今では土木工事等の関係で、京都では湧水があまり出なくなりましたが、かつては京都のどこでも豊富に得られたと言います。

もちろん、私は京都に住んでいるわけではありませんので、ブッキッシュな知識でしかありませんが、少し前にこんなことがありました。それは川瀬巴水の足跡を調べる「巴水の会」の方たちといっしょに茨城県日立市水木海岸近くを散策している時でした。その砂浜からすぐ近く、10メートルぐらいでしょうか、井戸の趾がありました。巴水の版画(「水木の曇り日」)にも井戸が描かれていたのであれこれと(版画の描かれた位置など)話をしていた時に、私が地元の方に「この井戸は海から近すぎるので、海水などが混じって呑み水の用には立たないでしょう」と言いました。そうしたらすかさず何人かの方が、陸地から海へと流れる地下水の力は相当に強く、海水は一切入らないで、かつては美味しい水が飲めたとのことでした。

周囲にそれほど高い山はありません。そんな場所でも地下水は強く確かに流れている。地下水おそるべしと感じた瞬間でした。

帰ってから地下水を調べてみると、日本地下水学会というものがあり、これがなかなかに面白いのです。
日本地下水学会HP http://jagh.jp/

たとえば、地球上の淡水のうち地下水は約30%で1100万㎞3、残りの70%は河川や湖沼ではなく、氷河や氷等で、河川や湖沼の占める割合は地下水の75分の1しかないとのことです。

つまり陸地の水とは圧倒的に地下水なのです。
別の言い方をすれば、我々人間は地下水に浮かんでいると言っても過言ではないでしょう。

特に高低差の激しい日本では、京都が良い例のように地下水はさらに豊富ですから、上記75対1の割合はさらに開くでしょう。

いずれにしても、庭だけでなく、日本の文化全体を考える時に、この地下水の問題はけっこう重要なのではないかと思います。

ところで、そうした地下に渦巻く地下水のことを考えると、6年前の東日本大震災で壊滅した福島原発のことが思い起こされます。ニュースでさんざん報じられたように、メルトダウンした原発の放射能は2号炉の本格的な爆発が奇跡的に止まったこともあって、空気中への拡散は何とか一部で踏みとどまりました。でも、地下はどうなっているのでしょう。

これについてはよく分かっていないようです。現地では種々対策を講じているようですが、福島沖での海水の放射能は減っていないという報告(ウッズホール海洋研究所、米国、マサチューセッツ州)もありますので、地下水に紛れ込んで海に相当拡散してしまっている可能性もあります。鳴り物入りで始まった凍土壁も科学的には疑問符がつくらしく、あまり打つ手がないようです。それに、この福島の海岸は、上記日立市の海岸と同じく、地下水の勢いが相当強いところだとも言われています。


原発を建てたり稼働する時に地震や断層のことはよく言われますが、地下水のことはあまり聞きません。大丈夫なのでしょうか。単なる私の無知から来る、杞憂なら良いのですが。。。


写真は今年の梅です。家の近くにある梅園公園で撮りました。


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