川瀬巴水の世界、ここに極まる!-リンボウ先生新本出来-

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リンボウ先生こと、林望(はやし・のぞむ)さんが巴水に関するご本を出されました。
題して『巴水の日本憧憬』(河出書房)。
本の内容については、以下に河出書房のURLを載せましたのでご覧ください。


本の帯に「痛切な懐かしさ、滅んだものへの憧憬」「私たちは、もはやこういう景色をみることはできぬ」とあります。

「痛切な懐かしさ、滅んだものへの憧憬」。この表現は決してオーバーではありません。これは巴水の版画をじっくり見ると同時に、巴水が描いた場所がどうなっているのか、その現場に実際に行ってみれば分かります。

たとえば、この本の表紙を飾った巴水の作品「水木乃曇り日」(上掲)。現、茨城県日立市水木町です。
下の写真は、その巴水が描いた風景の現況です。

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若干の砂浜はテトラポットで埋め尽くされ、海岸沿いには舗装された道が整備されています。
巴水の描いた風景はもうどこにもありません。

この水木浜、巴水の版画にも描かれていますが、昔は遠浅のきれいな浜で海水浴客で賑わったと言います。
その浜の写真が残っています(『日立のいまむかし』ふるさとひたち刊行会発行、平成5年刊より)。

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丁度、引き潮の時なのでしょう。引き上げられた舟と水際の中間に人がまばらに見えます。近くにある家の大きさと比べてみてください。ここに広大な砂浜がひろがっていたことが分かります。
この二枚の写真が同じ場所とはとても思えないと思いますが、間違いなく同じ場所です。

二枚目の写真は大正末から昭和初期と言いますから、約九十年前ということになります。地元の方にお聞きしますと、この水木浜の南に日立港があり、これが出来て潮の流れが大きく変わり、砂浜の砂が波にさらわれるようになって、砂浜が減ったということです。日立港が出来たのが昭和34年(1959)ですから、今から五十数年前まではこうした風景が残っていたと考えられます。

たった五十年でこんなにも変わってしまうんですね。

この二枚を見比べると、リンボウ先生の言われる「痛切な懐かしさ、滅んだものへの憧憬」「私たちは、もはやこういう景色をみることはできぬ」が、それこそ痛切に胸に迫ってきます。

ちなみに、この水木浜にお住まいの方を頼って、巴水の「水木乃曇り日」に書かれている家や道が映っている写真を、何方かお持ちでないかお聞きしたことがありました。ところがこれが今のところ一枚もないのです。

ひょっとすれば出て来るのかも知れませんが、今のところ見つかりません。

まだ、五十年。いや二、三十年ぐらい前まで家はあったでしょうから、出て来てもおかしくないのですが、これが出て来ないのです。

考えてみれば、巴水の描いた風景は当時どこにでもあった風景です。どこにでもあったからこそ、誰も気に留めず、写真で撮ることもなかったと考えて良いでしょう。

とすれば、このどこにでもある風景から最初に失われてゆくということが言えると思います。

そう思った時に、今住んでいる家の近くにある風景がむしょうに愛しいものに思えて来ました。
巴水が大事にしていた感覚とは、これなのかも知れません。

巴水は、現在知られているだけで、六百五十点余りの版画作品を遺しています(葉書類は除きます)。その巴水の版画一枚一枚に同じことが言えるのだと思います。

恐らく、隣国の韓国や中国にも、昔ながらの風景を遺した画家・絵師は居ると思いますが、これだけ多くの作品、しかも丁寧な写実的絵画を版画として遺した絵師は居りますまい。

だとすれば、巴水の存在やその画業は奇跡だと言って良いかも知れません。

私たち日本人は、巴水という画家・絵師を持ったことに冥利というか果報・福徳を感じなければなりません。

なお、リンボウ先生の新本はコデックス装です。コデックス装は普通の製本と違って、本を開いた時にページとページの間が平になって盛り上がりません。絵画などを収録するときに実によい方法です。

今回の本は、いわゆる大き目の雑誌に使われるAB版より若干小さめですが、見開きになるとコデックス装が生きて、収録された版画全体が眼に飛び込んできます。その大きさは実物より、これまた若干小さめですが、本物を見た時に近い感動を伝えてくれます。

巴水の世界を知りたい方に、ぜひお薦めしたい一冊です。












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