パロディを超える二次創作の「暴走」-『男色のコミカライズとアジアの〈性〉』出版直前対談①-附録:パリ近影(畑中千晶撮影)

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カルチェラタン、ソルボンヌ広場

染谷:畑中さん、BL(ボーイズラブ)を中心にしてコミカライズ全般を考える時に「パロディ」じゃなくて「二次創作」というのがやはり一番しっくり来ると思うのだけど、そう思いませんか。

畑中:そうですね。

染谷:それで、この「二次創作」って言葉、いろいろ考えてみたんだけど、BLや漫画・アニメだけじゃなくて、日本の文学全体を考える時にも、極めて重要じゃないって思うんですね。

畑中:あ、それは確かにそう思います。

染谷:やっぱりね。で、今まで「パロティ」という言葉で日本文学全体を捉え直す試みは随分されてきました。例えばICUのツベタナ・クリステワさんが中心になって行われた『パロディと日本文化』(笠間書院、2014年)ですね。これには私も参加しました。この試み自体はとても面白かったんだけど、「パロディ」と言う言葉で日本文学を分析するのには、やっぱりちょっと違和感が残ったんですね。だって、日本文学って風刺や批判の力が弱いでしょう。

畑中:そうですね。パロディや風刺というと、対象となる作品を冷静に見ていると言いますか・・・。

染谷:価値転換する、ひっくり返すと言いましょうかね。

畑中:そう、そうした印象が出てしまいますね。

染谷:『パロディと日本文化』の巻頭でツベタナさんは、パロディというのは風刺だけじゃなくて、もっと多様なものなんだと言われるけれど、それは認めつつも、やはり価値転換が基礎にある。でも、それだと日本文化や文学に対応できない気がするんです。

畑中:先ほど、対象に対する冷静さと言いましたが、「二次創作」は、もっと自分の中に「萌え」と言うか、熱い何かがある感じですね。

染谷:対象に勝手に思い入れして妄想に浸る。対象はきっかけに過ぎないんですね。重要なのは、自分の中にある熱い何かですね。

畑中:そして、それがさらに暴走する(笑)。

染谷:その「暴走」はイイね。BLのキーワードかも知れない。妄想、暴走、そして、ついには独創に至る。この妄・暴・独の3ソウが大事ですね。

畑中:上手い!

染谷:だってねぇ、少し大き目の本屋には必ずと言って良いほど、BLのコーナーがありますね。そこに行った時の、あの暴走、いや独創感はたまりませんね(笑)。たとえば、キャプテン翼でもドラゴンボールでも何でもよいのだけど、それ等を基にしたBLがあるとすると、それ等は原作がどうのこうのという問題じゃなくて、もう完全にBLの、あのエキセントリック・ラブコメディの世界観が完璧に構築されているわけですね。パロディもパラレルも、対象となる作品を踏まえて展開するんだけど、「二次創作」は、踏まえるじゃなくて飛躍するというか、展開ではなく転回という感覚ですね。

畑中:「二次創作」の考え方を取り入れると、江戸文芸に対する見方も少し変わってくる部分があるんじゃないでしょうか。

染谷:というと・・・

畑中:この3月下旬にパリで開かれた源氏国際シンポジウムに参加してきたんですが(パリ国際シンポジウム「源氏物語を書き変える:翻訳、註釈、翻案」主催:INALCO、以下リンク先


http://www.mcjp.fr/media/mcjp/155532-_2017_jan17japfrblanc.pdf


そのときにディスカッサントとして発表するなかで、実は「二次創作」というキーワードを入れてみたんです。私はレベッカ・クレメンツさん(ダラム大学)という方のご発表に関するディスカッションを担当しました。クレメンツさんは、江戸時代の人々の言葉で『源氏物語』を訳したもの、いわゆる「俗語訳」について研究されているのですが、この「俗語訳」の筆頭に置かれているのが、都の錦の『風流源氏物語』なのです。この『風流源氏物語』については、ずいぶんと昔に野口武彦氏が論じていて、そこでの結論としては、西鶴の『好色一代男』のような「高級なパロディ」の域には達せず、「俗語」を使った結果として俗っぽいものになっちゃったね、というものでしたが、クレメンツさんは、この「パロディ」との評価を批判されています。都の錦には、『源氏物語』をリスペクトする意識があるんじゃないかと言うのです。これはつまり「二次創作」的な感覚ではないでしょうか。原作への憧れが底流にはあるのだけれど、自分自身の「萌えツボ」に嵌まった瞬間から、読者さえも置き去りにして「暴走」が始まる・・・。都の錦の場合は、「長恨歌」の話を始めたとたんに脱線というか「暴走」にスイッチが入ってなかなか本題には戻ってこなかった。これは、「パロディ」としては出来そこないとされてしまうかもしれないけれど、都の錦の「萌えツボ」として捉えると、また違った見方ができそうです。


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ディドロ大学ビュフォン講堂(シンポジウム会場)



染谷:それは面白い! 『源氏物語』はまさに「二次創作」の宝庫だよね。会場の反応はどんな感じでしたか?

畑中:「現代の「俗語」に【萌え】ってありますよね」って、手でカギカッコを付けて示しながら「萌え」や「二次創作」の話をした際には、会場からザワザワっと反応がありました。もともと日本文学日本文化に関心を持つきっかけが、日本のポピュラーカルチャーだったという人は常に一定数いらっしゃるので、会場に来ていた大学生や大学院生の皆さんが興味を示してくれたのだと思います。

染谷:その話は、以前、座談会でナムティップさんや坂東さんが話してくださったことにつながりそうですね。いずれにしても、クレメンツさんの「パロディ」批判は大当たりだと思う。畑中さんは、都の錦をあげたけど、平賀源内の小説なども同じでしょう。これも風刺やパロディとしては出来そこないって言われちゃってる(中村幸彦説)。でも、「二次創作」から見たらそうじゃない。「二次創作」って、今まで出来そこないって言われてきた作品の再評価を促す可能性に溢れてますね。「二次創作」恐るべしです。(つづく)


★以下、附録です


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メトロ入口(アールヌーボー様式、昔、私畑中が学生だった頃に利用していたポルト・ドーフィーヌ駅)



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グランパレ入口(美術館特別展入口、「庭園」展を観てきました)


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ルーブル美術館の辺り、チュイルリー庭園越しのエッフェル塔



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