江戸時代の歌舞伎を知るなら、やはり大衆演劇が一番。

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歌舞伎に関する授業で、学生を連れて大衆演劇を見に行くことがあります。
もちろん、直接、歌舞伎座等で歌舞伎を見ることもありますが、やはり大衆演劇を見せたく思うことが多々あるのです。

というのは、現在の歌舞伎は、江戸時代の芝居小屋だった歌舞伎とはほど遠くなっていて、歌舞伎とは何かを知るためにはあまり役立ちません。

歌舞伎の醍醐味は、何と言っても小屋という狭い空間での役者と観客の交流、その距離の近さでしょう。

歌舞伎役者は別世界の人で、その近さがありません。

それに比べて大衆演劇は役者との距離が極めて近いのが特色です。劇場の空間が狭いということもありますが、芝居の前や幕間に役者さんが観客席にふらっと現れて、会話を交わすとか、芝居がはけての送り出しでは、握手をしたり、一緒に写真を撮ったりすることが可能です。

また芝居が本来持っている「俗」を失っていないのも良いですね。

学生を大衆演劇に連れて行くと皆一様に驚くのは、やはりおひねりです。公演中、主にオバサマたちがお目当ての役者さんたちに近づいて、おひねりを役者さんの着物の襟に付けます。その金額たるや相当なものです。

聞くところによれば、そうした上客の方たちとは、芝居の後や別の日に、一緒に食事などをする「アフター」というものがあるらしく、これなどは江戸時代の歌舞伎そのものの世界と言って良いでしょう。

そうしたオバサマたちの中には、大衆演劇の世界にハマりこんでしまっている方も居られるようで、そうした「地獄」の見え隠れするのも大衆演劇の世界の一つです。

ただ、学生を連れて行く時の心配はこの点です。役者によっては相当なイケメンが居りますし、またその躍りも、シースルーの着物で下のサラシとハンダコが見えてかなりセクシーなこともあります。扇情的なんですね。ま、これも江戸時代の歌舞伎を知るには大切ですが、これに学生がハマったら、ちょっとまずいなぁと思うこともあります。

ま、それはともかくとして、昨日は学生を連れて、東京は十条にある篠原演芸場へ行って来ました。
お目当ては橘大五郎君です。

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彼は、小さい時から芝居の世界で活躍して、今、花を咲かせている役者の筆頭です。

もう十年以上も前でしょうか、北野武監督の『座頭市』に出演したことで人気が出て、テレビなどにも出ましたが、変な方向へはズレずに、大衆演劇一筋で頑張っています。

今回久々に大五郎君を見ましたが、演技力が前に増すこと数倍、見事な役者に成長していました。

ショーも良かったのですが、何と言っても芝居が圧巻でした。

ふつう、大衆演劇の芝居というと、勧善懲悪もので最後はチャンバラというのが多いのですが、今回の演目の「三浦屋孫次郎」は七年間世話になった親分と、かつて世話になった親方との確執の中で、死を選ぶしかなかった孫次郎の悲劇を演じています。

派手なチャンバラもなければ、ドタバタ喜劇でもない、かなりシリアスなもので、最後に孫次郎が死ぬ場面では多くの観客の涙を誘っていました。

アイドルから脱皮して役者になった大五郎君の姿を見ることが出来て、仕合せな一日でした。

いずれにしても、江戸時代の歌舞伎がどのようなものであるのかを五感から感じ取ってみたい方は、大衆演劇はうってつけです。
様々な劇団が頑張っていますので、足を運ばれるのが良いかと思います。

最初に掲出した写真は、十条に行く前に学生と浅草を散策したときのスナップです。
永井荷風が頻繁に足を運んだレストラン「アリゾナ」が閉店、取り壊しが始まっていました。
学生を連れて浅草へ行ったときに廻る「名所」がまた一つ無くなりました。

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