綿貫六助は、ど、どうかしてる!(爆笑)-西鶴研究会・B&Bトークライブ報告

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B&B・トークライブ「井原西鶴の『男色大鑑』と古典をコミカライズすること」8月25日

西鶴研究会(8月24日・青山学院大)でのシンポジウムと下北沢のB&Bでのトークライブ(上掲写真)が終了いたしました。

両日、お暑い中、ご参加いただいたみなさま有難うございました。

西鶴研究会では、西鶴研究会関係30数名、一般からの参加者二20数名の合計約60名ほどが集まりました。また、B&Bのトークライブでは30数名の参加者がありました。連日でご参加いただいた方もいらして、本当に有難うございました。

今回のシンポジウムとトークライブに関しては、すでにツイートで種々話が広がっていますし、これから報告も幾つか出ると思います。ここでは私なりの印象をすこし書いてみます。

それでとにかく、いろいろと盛り上がったのですが、圧巻はやはり、何と言っても、綿貫六助さんの話だったでしょうか。以下のやりとりは、今回の新本『男色を描く』の座談会から抜き書きしたものです。昨日のライブでは、大竹さんがこの話をさらに広げて具体的に話されました。

◆大竹 私、皆さんにお勧めしたいのが、綿貫六助っていう、元軍人で中尉までいった人なんですけど、その人が軍隊内の痴情のもつれで、軍隊をクビになって、そのあと早稲田大学の英文学科に進み小説家になるんですが、自分のマタギや、そういう漁師たちとの、交情と言うか、そういうものの体験手記ばっかりを書いてる作家さんです。

◆斎藤 どうかしてますね(笑)。

◆大竹 どうかしてるんです。奥さんもいらっしゃるんです。それで結婚してお子さんもいらっしゃるんですよ。それでしかも、この方すごい老け専で、「詠めつゞけし老木の花の比」じゃないですけど、すごいお爺さんが大好きで、しかも田舎の純朴なお爺さんばっかり好きなんですね。暇になると田舎に行って、そういうノーマルなノンケのお爺さんを口説く。ちゃんとお婆さんもいるのに。それでお爺さんを自分に夢中にさせるんですよ。それでそのお爺さんをちょっと怒らせたくて、わざとお婆さんにも手を出して怒らせて、なんというか仲直りエッチをするわけです。

◆斎藤 どうかしてる(笑)。

◆大竹 どうかしてるでしょ。どうかしてますよね(爆笑)。

この座談と同じように、ライブでも大爆笑となりました。いやはや、私もあんなに笑ったのは久しぶりでした。それで、このライブには私の娘も友人を連れて参加していたのですが、家へ帰る途中の電車内で、やはり綿貫六助の話で盛り上がりました。

こんな話で盛り上がる父娘というのも、なんと言いますか、どうかしてるのですが(笑)。

それで、この綿貫六助の手記等を載せた『綿貫六助集』をどこからか出版したいと大竹さんは言っておられまして、それは私もぜひ読みたいと思い、応援している次第です。昨日のライブの感触からすれば、ぜったい売れますね。出版関係者のみなさま、よろしくお願いいたします。

それにしても、このトークライブ、夜8時から10時までという設定でした。当初、どんな感じになるのか、ちょっと心配したのですが、お酒も少し入っての大人の時間というムードで、とても良い雰囲気になりました。と言っても宴席での無礼講話とは違っていて、それはやはり書店ということもあるのでしょう。すこしくだけた雰囲気の中、でもしっかりと学術的な話もできるということで、このやり方は「あり」だなと思いました。

また、B&Bという本屋さんの雰囲気が良かった。普通の本屋さんには置いてないような本がずらっと並んでおりまして、ある棚にはBL系の解説本が並び、ある棚は哲学書、美術書、それから乙女チックなものを集めた通称「乙女棚」というものもありました。

このライブを通して、本の世界はまだまだ開拓・展開の余地があるぞ、本の未来は明るいぞと思いました。

それから、西鶴研究会では何と言っても、佛教大の浜田泰彦先生、それから浜田さんの教え子で大学四年生の廣嶋桃香さん、森上亜希子さんの「キャラクター・小野篁のコミカライズとその受容―「教養」の逆回路としての現代エンタメー」が印象的でした。

廣嶋さんと森上さんは学部生ですが、ご発表は実に堂々としていて、内容も素晴らしいものでした。まるで博士論文を書いている大学院生のようで、いつも学生の目線を大切にしている浜田先生の指導のたまものだと思います。

今回の西鶴研究会での研究発表、それからシンポジウムで、ちょっと問題として浮上してきましたのは、古典をコミカライズする時の問題として、漫画のキャラクターをどう考えるのかという点でしたね。

漫画では古典そのものを復元することは出来ません。出来たとしても、それでは売れない、流通しない、つまり読まれない。流通して読まれるためには、キャラクター化が必要ですが、そうだとすると古典の持っている世界から離れないといけない。それは古典を誤って理解させることにならないのか、という問題です。

この点については様々な議論がありましょう。研究会でも様々な意見が出ましたが、私の意見を一つだけ言えば、いささかなし崩し的なもの言いですが、これは古典か漫画のキャラクター化のどちらを重視すべきかという二者択一の問題ではなくて、この問題自体を抱えてゆくことが肝要かと思います。

というのは、これは漫画化の場合だけでなく、古典を現代に広めて行く時に必ずぶつかる問題だからです。現代語訳や舞台化などでも同じ問題が起こります。森鷗外や坂口安吾といった作家たちも「歴史そのままと歴史ばなれ」で問題にしていました。

これは文学や芸術の世界のみならず、あらゆることに関わりがあって、たとえば宗教ですね。仏教を例にしますと、釈迦が説いた教えをそのまま実践するか(上座部仏教)、精神は守りつつ形は時代に即して変更するか(大乗仏教)です。前者は往々にして専門家(仏教で言えば出家者、文学で言えば学者)のものになり、後者は一般大衆(仏教で言えば在家者、文学で言えば読者)のものになります。

これを対立するものでなく、要素として捉えるのが肝心だと思います。たとえば昨日の小野篁であれば、ほとんど現代人に知られていませんから、これは思い切ったキャラ化を図って、関心を引くことが大事でしょう。それでかなり一般化すれば、自然と本当の小野篁を知りたいという欲求が出て来ますから、そうなれば史実に近いキャラ化が可能です。

また、キャラ化された小野篁が原作を離れたまま人気を博して飛翔すれば、それはそのまま別個の個性として生きることにもなりましょう。宗教においても、そのように再生するものが沢山あります。

なお、ライブの最後に話をした「男色研究会」ですが、10月か11月に始める予定です。場所は浅草を考えています。ちなみに、浅草は、西鶴が『男色大鑑』の巻一の一で「若道根元記」を書いたとされる場所です。むろん、史実ではなく創作ですが、その所縁の地で開ければと考えています。

今後の展開が楽しみになってきました。みなさまよろしく。


 














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