日本文学研究は〈東アジア〉の枠組みを推進するしかない

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(エストニアの古本屋で仕入れた「ミカドティー」缶、タリン市内のホテルにて)

 私が〈東アジア〉というものを強く意識し始めたのには、インターネットとの関係があります。

 もう、随分前になりますが、確かウィンドウズ95が出始めた頃だったと思います。すでに、日本で初めて販売されたノートパソコンの東芝ダイナブックを買い込んで、色々なコマンドを打ちこんではいましたが、さらにThinkPad701を手にして初めてインターネットの世界に入り込みました。

 まずググったのは、やはりアメリカのサイトで特に大学関係のHPが充実していたので、それを日がな眺めていた記憶があります。コロンビア大やイリノイ大のHPのトップに飾られた美しいキャンパスの写真はとくに気に入っていました。

 もう一つ、アメリカの大学に興味を持ったのは、そこでどのような日本文化・文学の研究が行われているのだろうかという点からでした。ところが、色々と見て行くと、日本研究というのはほとんどないのですね。その代わりに東アジア研究という単語が多く出て来ました。そして、その東アジア研究の一環として日本というのが意識されていました。

 当初は、あまり人気がないのでひと括りにされているのだろうと思ったのですが、そうでないことはすぐに分かりました。それは「地域研究」の存在です。世界を国(ネイション)ではなく地域(エリア)として捉えて行く考え方です。その実践的発展形態がEUと言って良いでしょう。アメリカの戦後(戦前は別です)の日本研究は、日本を東アジア地域から考えて来たと言って良いように思います。

 今回の旅で、フィンランドのトゥルクにある二つの大学(トゥルク大とオーボ・アカデミー大)を訪問いたしました。二つの大学ともに素晴らしいキャンパスで、学生さんたちも真剣に勉強されている様子でした。

 まず、トゥルク大では日本語を学んでいる学生さんたちと交流の機会を持ちました。日本から同行した学生たちが、私も含めてあまり英語に堪能ではありませんので、主に日本語での交流となりました。もちろん、挨拶は英語やフィンランド語を使ってやりましたが。。。

 そのトゥルク大で日本語を学ぶ学生たちと話していて驚きました。みなさん日本語が上手なのですが、ほとんどの学生が日本語以外に中国語や韓国語も勉強されているのです。ある学生が韓国語を学んでいるということだったので、私から韓国語で話をしてみたところ、実に上手いのです。また、韓国の歴史やドラマにも詳しい。いま何に関心があるのかと聞いたところ、東アジアという答えが返ってきました。

 また、日本語がよく出来る学生に、日本に行って勉強することは考えていないのかと聞いてみたところ、日本に関心はあるけれど、最も関心があるのは東アジアだから、ここで勉強するのが一番良いと言っていて驚かされました。

 トゥルク大の先生にお聞きしたところ、同大には東アジア研究のコースがあって、日本語はその中の一つだということでした。また、他の大学も大体そのようになっているとのことでもありました。

 東アジアを一つの地域として見ること、日本はその一部であること、これはもう世界的な常識になっているようです。これに対応していないのは、他ならぬ東アジア諸国なのかも知れません。

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(トゥルク大で日本の説明をする日本人学生〈上〉、それに聞き入るトゥルク大の学生たち〈下〉)



 また、オーボ・アカデミー大にも訪問しましたが、ここは日本語コースがなく、説明も全て英語でした。

 その説明の中で面白かったのは、オーボ大の授業はすべてスウェーデン語で行われるということでした。ご存知の方も多いと思いますが、フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語です。スウェーデン語を母語とする方たちは6%ほどだと言われています。あのトーベ・ヤンソンもスウェーデン語を母語とするスウェーデン語系フィンランド人です。

 このトゥルクの地域はそうしたスウェーデン語系フィンランド人が多いところで、そうした背景もあってこの大学が存在しているのです。ちなみにオーボとはスウェーデン語でトゥルクのことです。つまりフィンランド語で表記すれば両方ともにトゥルク大となります。

 こうした多言語空間だからなのでしょう、フィンランドの方々の英語が上手いこと。。。

 それはともかく、世界の人々はかつてないほど〈東アジア〉に関心を持ち始めています。それは良い意味でも悪い意味でもです。そしてその関心は、日本にも向けられていますが、日本という枠だけでは納まらないものです。それに対して〈東アジア〉の一員である日本はどう応えていくのか。ここが本当に大事になってきました。

 ここのところ〈東アジア〉と銘打った書物や学会・研究会・イベントが多くなってきたからでしょう。もうその〈東アジア〉というトレンドは一段落したなどというう言説に出会うことがありますが、とんでもありません。まだ入り口にも立っていないというのが現状ではないでしょうか。

 これを乗り越えてゆくには、まずは言語の問題があります。

 下手でも何でも良いのです、耳を覆いたくなるようなものでもいい(笑)。実際、私の英語はそのレベルです。とにかく、通訳などの交えながら、英語を中心に中国語や韓国語で学会や研究会も開いていく時代に入ったと思います。「ことば」に関わる研究者が、他の分野より「ことば」に苦手意識をもっているのは、やはりまずい。。。聞くところによると、韓国の日本研究で巍然屹立の奮闘を続けている金時徳氏は、韓国語・日本語・英語に加えて、モンゴル語にも果敢に挑戦中だとか。。。

 英語ぐらいでビビっていてはいけませんぞ(笑)

 なお、最初の写真はMIKKADO-TEEの缶です。このMIKKADO-TEEは、まだ調査中で何とも言えませんが、1900年代前半にエストニアで作られたものらしく、1800年代後半からのジャポニズムに乗ってデザインされたものと考えられます。この缶を見ますと、1900年代前半のヨーロッパからアジアへの眼がどのようなものであったかよく分かります。























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