泊瀬光延の男色小説、キレとコクの鬩ぎ合いと大人の妙味。

IMG_5896[1].JPG

先週金曜の私の授業(青山学院)に、トーマスさんこと泊瀬光延さんに来ていただいて、ゲストスピーチをしていただきました。
(「トーマス」はトーマス・マンのトーマスですね)

お話の時間は、4、50分くらいだろうかと思っていたのですが、1時間を越してさらにヒートアップするその話しっぷりに、こちらもついつい引き込まれてしまいました。

学生のみなさんには事前に、『悲剣一刀両段〜新武道伝来記より』

http://ncode.syosetu.com/n4333d/

を読んでおくように指示いたしましたが、私も改めて、この作品を拝読しまして、トーマスさんの世界に浸りました。

何と言うべきでしょうか、久しぶりに骨のある作品に接したと言うべきでしょうか。とくにトーマスさんは古武道を実際に経験しておられて、それが作品に実に上手く生かされているんですね。普通、そうした武道等に凝った方だと、その知識が鼻につくことが多いのですが、そうはならないところがトーマスさんの真骨頂だと思います。

それは、トーマスさんの古武道に向けられた頑なな修行者の一面と、美少年好きという腐男子の一面という両極が鬩ぎ合っているからだと思います。これが作品の妙味を醸し出しているんですね。

淡々と枯れているけど瑞々しい妖しさが脈打つと言いましょうか。凌ぎを削る剣の銀音と両者の息遣いしか聞こえない黙(もだ)と言いましょうか。実にミステリアスな世界です。

このミステリアスはトーマスさんご自身のことでもありますね。トーマスさんとは、もう何度も会って色々とお話をさせていただいていますが、彼の表の顔を私はよく知りません。本名も本職も知らないのです。

知っているのは半導体の技士でいらっしゃることだけです。こういう付き合いって本当にイイですよね。
(私も本当は大学の教員なんてことを隠して、つまり肩書なんぞ捨てて付き合いたいのですけど。。。旅に出ますとたまにそれをやります。古典に詳しい変なオジサンになれるのです)

そのトーマスさん、学生からの質問にきちんと答えてくれまして、文章で送ってくださいました。それを今日の授業で学生に配りました。

その中の一つに「男色について昔の文献を読んで、その知識をもとに書いておられるのでしょうか」という質問がありまして、トーマスさんは、

「そうです。例えば標榜する作家に西鶴を挙げてます。西鶴は類を見ない教養小説の形をとっており、男色・女色以外にも色々な当時の知識を与えてくれます。物書きとしては師として尊敬できる作家です」

と答えておられました。

この文章、西鶴が知ったら喜ぶでしょうね。草葉の陰ならぬエネオスの下から快哉を叫ぶ鶴翁の声が聞こえてきそうです(なぜ、エネオスなのかは、いずれまたお話しします)。

昨今の作家たちは西鶴をあまり参考にしなくなりました。これは、私たち西鶴の研究者の怠慢でもありますが、じつに勿体無い話です。そんな中にトーマスさんが居られることは何と心強いことでしょうか。

トーマスさんには是非これからも作品を書き続けて欲しいと願っています。

出版社関係の方々も、ぜひトーマスさんの作品を次々と商業ペースに乗せて欲しいと思います。

(写真はトーマスさんの作品『前田慶次郎異聞』文芸社、2004年)

この記事へのコメント

最近のコメント

2022年06月
         1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30