男色大鑑祭り(冬の陣)、今回もディープでしたね!!!

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(こふでさんがお描きになった「玉嶋主水」(若衆)と「豊田半右衛門」(念者))

男色大鑑祭り、冬の陣、いかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけましたでしょうか。

懇親会で多くの方からお話を聞いたところでは、皆さんに楽しんでいただけたご様子で、何よりでした。
懇親会での盛り上がりもすごかったですね。東洋文庫研究員の瀧下彩子さんのご差配で、他のお客さんたちとは分けて、特別室を用意(いや、別室に隔離?)しての会となりましたが、良うござんした。他のお客さんといっしょであれば、いささか苦情が寄せられたりしたかも知れませぬ。

さて、閑話休題(あだしごとはおきつ)、今回、私としてはたいへん嬉しいことがありました。
それは、この男色大鑑祭りと言いますか、若衆文化研究会を作った目的が、ようやく叶ったと言いますか、研究会が万全に動き出したとということです。

若衆文化研究会の目的は、文字通り若衆の文化的探索にありますが、コミカライズがきっかけになったことが示すように、研究(探索・調査)と創作(漫画化、小説化)とのコラボレート・フュージョンが最も重要な目的です。

つまり、創作(江戸時代の衆道や男色を用いて新しい芸術・文化の創造)を目指す方たちと、研究(江戸時代の衆道・男色とは何であったのか、歴史的、つまり江戸時代人の目になって探究・調査)する方たちとが、相互に刺激・交流しあって、新しい何かを生み出そうという試みです。

私は、初めて漫画家の大竹直子さんに出会って話をした時に、創作者の目と研究者の目がまったく違うことに気付きました。大竹さんの目は、研究者にはないものであると同時に、研究者に最も欠けているものだとも分かりました。

そして、創作者のみなさんにとっても、研究者の目が役立つだろうことも実感したわけです。

今回、すでにツイートで話題になっていますが、紗久楽さわさんが、西鶴作品の挿絵に描かれた若衆の髪に、不思議な線があることを指摘されて、種々問題になりました。一応、お祭りの場では、畑中千晶さんからの返答で、髪の分け目ということになりましたが、これは当然、他の若衆図と比較検討しなくてはなりません。それにしても、面白い問題が見つかりましたね。

この「髪の線」問題が、どう展開していくのかはわかりませんが、私も、この線については、紗久楽さんに指摘されるまで気付きませんでした。やはり創作される方の目は大事だということがよく分かりました。

それから、あんどうれいさんの木と登場人物のシンクロの話、九州男児さんのリアリティの話、それから、ノベライズについて語っていただいた、おぼろつきよさん、泊瀬光延さんについても、ここで種々書きたいのですが(とくにあんどうれいさんの提起した問題は、古典における環境文化を考える上での、ドストライク、可能性の中心の問題です。いずれ改めて!!)今回はちょっと時間がありません。12月25日のジュンク堂でのトーク準備にすでに追われ始めていますから・・・。

加えて、この場でどうしても書いておきたいことがあります。それは、今回、他の四人の漫画家さんと同じように『全訳 男色大鑑』のイラストをお願いした、こふでさんの絵についてです。こふでさんは、夏の折にはお祭りに参加されたのですが、今回はご事情があって、出席されませんでした。ちょっと残念だったので、それならば、それでお描きになった挿絵とともに、挿絵をお描きになった時の設定画があるとのことで、それを会場で皆さんに紹介させていただこうと考えました。ところが、時間が極めてタイトになってしまい、それは出来ませんでした。こふでさんには、こちらからお願いしておきながら、申し訳ないと思います。

それで、2月あたりに再度、お祭りをやりたいと考えておりますので、その折にはぜひ時間をとってご紹介をと考えております。

とはいえ、それまで待てませんので、ここでご紹介いたします(こふでさんご自身もツイッターで紹介されています)。

ただ、絵をそのまま載せて、私の拙い解説をつけるのもいまイチ芸がありませんから、急きょこふでさんにお願いして、新たな解説を書いていただきました。

では、どうぞ・・・。

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《こふで》
イラストを描くときはラフ画(大まかな構図、配色を決めておく設計図)の前に設定画を描いています。
キャラクターのイメージを固めていく作業になるのですが、今回担当させていただいた『詠めつづけし老木の花のころ』は半右衛門と主水は、
二人の性格についての情報をキーにビジュアルを決めていきました。

【主水】
美少年であることは必須!ですがどういうタイプの美少年なのか…そこが一番の悩みどころでした。
「飛ぶ鳥を落とすほど」というと、少年漫画の委員長タイプ、凛とした美しさかとも思いましたが、
長年半右衛門に寄り添い、受け止め、博多小女郎かと思われる姿…となると所作が美しく穏やかな面差しを想像しました。

主水.png

【半右衛門】
武芸にいそしみ、主水がその気性に惚れた…ということで、武士として眼光鋭く凛とした人をイメージしました。
年を取るとあれほどの女嫌いになるのですから、一本道をいくような厳しいおじいちゃんになりそうです。
個人的に半右衛門(老)が主水(老)の背中を撫ぜるシーンが大好きなので、半右衛門の手は特別色々考えて設定しています。

半衛門.png

ビジュアルを固定してしまうと皆さんの想像の邪魔をしてしまわないか心配ですが、他の作品でもこうしてビジュアルを考えてみると楽しいかもしれません(^^)

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なるほど、漫画家みなさんがそうされているのかは分かりませんが、こうした下絵で人物設定をして絵にしているのですね。絵で絵を考えると言いましょうか、すこぶる面白いですね。半右衛門の手、私もカラーの挿絵を拝見したときに、真っ先に目にとまったのは、この「手」でした。

それにしても、こふでさんの絵は構図が大胆で面白い。最初のカラーの絵をごらんください。まさか、このような上下をひっくり返してのトランプ仕立てにするとは考えも及びませんでした。それに、色がついているのは、若衆の時の主水と年老いた半右衛門というのも心憎い演出のように思います。半右衛門にとって主水はまさに十六歳のままということなんですね。逆に、主水にとって半右衛門は歳とった老人、その老いた姿にこそに長年の二人の絆を感じている・・・。大鑑の本文中、半右衛門が主水の背骨を見て驚くという描写がありますが、それは陽がさす昼間に、行水で裸にならなければ分からなかった、つまり普段はずっと十六才の若衆として見ていたということを示します。そのクロスした半右衛門と主水の意識がみごとに具現化されていると見ました。

ちなみに、「博多小女郎」は『好色一代男』巻五の六「当流の男を見しらぬ」に名が出てきます。貝原益軒が記した文書等に出て来る伝説の遊女で、美貌かつ男勝りの性格、中国から攻めて来た将軍を生け捕り、遊女たちの頭として活躍したとも言われます。宮崎駿さんの『もののけ姫』でタタラ場を牛耳る女頭領、エボシ御前のような存在だったのでしょう。主水と半右衛門は若い時に横恋慕してきた武士を斬って出奔しているわけですが、その時に手柄を立てたのは半右でなく、主水であったかも知れませんね。

それから、こふでさんの構図ですが、白黒の方の絵(巻四の五「色噪ぎは遊び寺の迷惑」)でも、その大胆な構想は見事の一言だと思います。

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この絵を初めて見た時、本当に身震いがいたしました。まじに、です。

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こちらは、原本の挿絵です。この右側の首が落ちているのが大蔵で、刀を持っているのが外記です。西鶴の挿絵ではどことなく滑稽感が漂っていますが(これには西鶴なりの意図があります)、こふでさんの絵はそうした緩(ゆる)み弛(たる)みを一切省いて、外記と大蔵の悲しみをストレートに表現しています。

首の落ちた大蔵が外記にしがみついていますね。これは大蔵が外記を本当に心配して抱きついたことを示しています。その大蔵の首を外記は誤って落としてしまった・・・。苦しまずに逝ってしまった大蔵の顔、それにしがみつく外記、その地に広がるのは、まさに血と涙で・・・いやはや、もうそんな解説は必要ありませんね。それほどにすさまじい描写です。

私は、むろん全てのBLやその漫画を読んでるわけではありませんが、ここまで、こんな高みまで描けるんですね。驚きです。

さっこん、漫画が売れないという話を聞きますが、こふでさんのような若い才能が出て来るところを見ると、これからの漫画世界は楽しみで仕方ありません!




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