遊女の意地は髻(たぶさ)取られても、さらばさらば。

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(加藤裕一・染谷智幸編「西鶴浮世草子全挿絵画像CD」より)

『男色大鑑』歌舞伎若衆編で女以上に女っぽい若衆(若女方)を見ていると、反射的にと言いますか、裏写り的にと言いますか、男以上に男っぽい女というのが気になったりします。そこでふっと思い浮かぶのが西鶴が書いた遊女たちです。

この男以上に男っぽい遊女というのは沢山居るのですが、ちょっと面白いのは、『好色一代男』巻七の一「其面影は雪むかし」に登場する京都島原の太夫高橋でしょう。その挿絵を最初に掲げました。

この場面は、高橋が野暮な田舎客と逢うのを嫌がり、田舎客の呼び出しを無視して馴染み客の世之介と逢って悠然としている場面です(右で三味線を弾いているのが世之介、左で世之介にもたれかかっているのが高橋です。世之介には撫子紋があります)。そこに怒った田舎客が刀を抜いて斬りかかりますが、遊廓で抜刀は許されません。多くの遊廓関係者に取り押さえられているところですね。遊客は二本差しであることからすれば武士でしょう。その怒りの形相に比べて、世之介と高橋の悠然とした姿が対称的ですね。此の後、高橋の遊客を無視した態度に怒った遊廓の亭主が、高橋の髪の髻(たぶさ)をとって店に戻します。そんな中でも高橋は悠然と世之介に向かって「さらば」と言ってのけます。本文はこうなってます。

親方かけ付、今日は尾張のお客へも、世之介殿へも売ぬとて、高橋たぶさをとつて、宿にかへる。それにもあかず、世之介様さらばといふこそ、こころつよき女、此男にあやかり物ぞかし

この場面、絵や漫画にしたら、どんな感じなんでしょうね。高橋のたぶさを取って遊廓の亭主が連れ戻すって、引きずって? それじゃ、髪は傷むし着物も台無しです。すると、遊廓の男どもが高橋を抱きかかえ、亭主は高橋のたぶさを掴んで引っ張りながら、ということでしょうね。じゃあ、どんな風に抱えて、何人で、遊廓の亭主と男たちの位地は?と考え始めるとこの場面なかなか難しいですね。

いずれにしても、そんな状況でも高橋は悠然と「さらば」と言ってのけるというのは、実にかっこいいですね。西鶴も最後に「こころつよき女、此男にあやかり物ぞかし」(何とも心強い女だ!こんな女に惚れられる世之介にあやかりたいものだ)と結んでいますが、その通りです。

ちなみに、この西鶴が描いた高橋、実は元ネタがあります。『一代男』より前の遊女評判記で『難波鉦(なにわどら)』というものがあり、その中に同じような話があります。ただし、こちらは大阪新町の天神高橋(天神というのは太夫より格が下がります)で高橋は尾張の武士に「侍畜生めよ、おのれらがような物に会ふおなごではないさ」と啖呵を切ります。強いと言えば、こっちの方がより強いのですが、やはり西鶴の方がかっこ良いですね。悠然というか超越しているというか。

さっこん、漫画家のみなさんとお話をしていると、こういう、高橋が遊廓の亭主に引かれていくシーン、これの具象化がどうも気になります。ところが、西鶴の文章は情報が少な過ぎますね。これをどう補充しながら具象化するのか、こうした視点は今までありませんでした。

注釈とは本来そうしたものだったはずです。『男色大鑑』の全注釈を近いうちにスタートさせますが、そうしたものを目指したいと考えています。





この記事へのコメント

トーマス泊瀬
2020年03月06日 01:50
田舎侍は尾張徳川家の侍なのでしょうか?公儀御料だった大阪と対抗意識があったのでしょうか?
染谷智幸
2020年03月06日 21:20
この高橋に無視された大尽は、尾張徳川家の家臣でしょう。なお、西鶴当時の尾張と言えば、やはりちょっと田舎臭さ、野暮ったさがあったと思います。派手になるのは、西鶴の後、徳川宗春が出て来てからですね。大阪と対抗意識があったかどうかですが、世之介は大阪でなく京都の人間です。京都から見れば、尾張は田舎ですね。ただ、この短編では三度も「尾張」と呼びますし、また『男色大鑑』巻五の三に「尾張の三木」なんて人も出て来ますので、西鶴当時の尾張のイメージをじっくり調べてみる価値はありそうですね。ありがとうございました。

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