BL から PL へ・・・さすがです壇蜜さん!

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(ブームのきっかけを作ったコミック『男色大鑑』、昨日の放映では雁皮郎さんの「色に見籠むは山吹の盛り」が紹介された)

昨晩のEテレ・知恵泉「愛をとめるな!井原西鶴~人生を楽しく生きるために~」をご覧になりましたでしょうか。

なかなか面白く、評判も上々でしたね。ツイートで「色に見籠むは山吹の盛り」を見て涙がとまらなかった、という方も居られたとか。あの話は、『男色大鑑』中の屈指の名編ですし、また男色文学の可能性の中心ですから、さもありなんです。私も主馬を三年も追いかけた義左衛門の心を思いやるとき胸が熱くなることがままあります。

それにしても、「BL(ボーイズラブ)じゃなくてPL(ピュアーラブ)ですね」と言われた壇蜜さん、さすがでした。また、女子高時代は腐女子っぽかった、あるいは周囲にそうした友人が居られたというお話も面白かったですね。

私が特に注目したのは、彼女が、高校生の自分たちには男女の恋愛はまだ早かった、と言われたことですね。これは至言です。メモしておきましょうね(笑)

男女の恋愛というのは大人にならないと難しいですね。それは成長しないと、ということではありません。その逆かもしれない。男女の恋愛というのは社会的な要素が様々に絡むからです。雁字搦めになると言ってもいい。それを無視して、また振り切るようにして恋愛に走る方も居るけど、周囲を巻き込んで悲劇になることが多いですね。近松門左衛門の世話物、とくに心中物はその典型です。

周囲のことを気にせずに、世のシガラミに振り回されずに、まっしぐらに走れる恋愛が男色・衆道であり、現代で言えばBLやそれに繋がる世界なんでしょうね。でも、それはいつまでも追い続けることができるものではありません。終わりが来るのです。そして、そのシガラミの世界に入って行かざるをえない。その時、人はいつまでピュアーな心を持ち続けていられるのか。

ということは、この若衆研は、そうしたピュアーな心をずっと持ち続けている人の集団ということに。いや、そうじゃなくて、シガラミの世界に入ることに失敗した方々、周囲の目を無視して、いつまでも中学生・高校生の自分を追い続けているだけの方々なのかも知れません。

でも、たとえそうだとしても、心を石のようにしてシガラミの中を賢く生きていくよりは遥かにいい。西鶴ならそう言うでしょう。

今回の放送は私としても満足のいくものでした。ただ、収録の時に、『男色大鑑』は西鶴の最も厚くて薄い本と強調したのですが、そこは落ちてしまいました。ちょっと残念でした。『男色大鑑』は西鶴作品中最も大部ですね。また内容は商業誌というより同人誌(薄い本)的です。だから厚くて薄いと。

また、チャンスもありましょう。この話はその時に。

(染谷記)










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